恭平の物語(Story of Kyohei)


目次


いつしかかけがえのない存在に

スーパーマンは正義の味方

 私のアルバイトの話に話題を移そう。この頃、父の会社とこの物語のきっかけになった親友のお店のアルバイトと、2つの仕事をこなしていた。親友のお店は、パターゴルフ場で、コカコーラの自販機の業者が出入りをしていた。その業者のお兄ちゃんは、気さくな人柄で、私たちと一緒にお茶を飲みながらくだらない冗談を言って笑わせていたりしていた。パートのおばさんもこの人をからかうのが大好きだったが、このお兄ちゃんはまんざらでも無い様子だった。

 そんなある日、パートのオバサンがいつものようにそのお兄ちゃんをからかい、私がそのやり取りを笑った。そのお兄ちゃんは私の腕をつかんで「笑うなよ」と言った。しかし、あまりに急に腕をつかまれた私は「きゃあー」と叫んでしまった。そこへ恭平がそのお兄ちゃんめがけて飛び掛り、威嚇をしにいった。驚いたのはお兄ちゃんだ。「わーっ」と声を上げて逃げ出した。もちろん恭平は怒って、そのお兄ちゃんを追いかけた。

 そのときパートのおばさんは、「すごいねえ。守ろうとしてるんだ」と、感動していた。私は恭平を抱きかかえ「私は大丈夫よ」となだめてたのだが、驚きと感動で、ウルウルしそうだった。

 そして、この出来事は、恭平を信頼するきっかけとなり、恭平に対する思いも少し変わった。恭平は私を信頼し、私を守ろうとする意思まである。その私のほうが恭平を軽くあしらっているのではないかと感じた。言う事を聞くだけの自分のおもちゃのようにしか考えていなかったのかもしれない。しかし、恭平にも意思があり、状況判断ができ、私との生活に一生懸命ついてきて、私に対する愛情を持ってくれている。可愛くて抱きしめてやりたい。

 母が私が横になってテレビを見ているときに、お知りを軽く叩いた時「痛い」と言ったときにも、母に飛び掛った。やはり恭平は私を守ろうとしている。私がひどい目に合うと、身を挺して私を守ろうとするのだと、うぬぼれた。もう、恭平が一緒なら強盗の襲われようと、強姦に襲われようと、どんな襲撃だって怖くない。恭平が守ってくれるのだから。

 母は、そんなの偶然だと、相手にしなかった。そして母が「私を殴るフリをしろ。あんたは恭平に襲われる」と言う。そんなはずは無い。私に襲い掛かるなんて。試しにやってみた。が、私は恭平に襲われた。

 つまり、恭平は、平和主義者で、弱いものを助けるという意識が強いらしい。まるで、スーパー・マンか、バッド・マンだ。かっこいいじゃないか!!! しかし、私だけ守ってくれるという、うぬぼれは見事に打ち崩された。

 
変な行動と見知らぬ女性

 アルバイト先の直ぐ横に川が流れていた。そしてその川原は車の心配も無いし、多くのワンちゃんたちが散歩に使っていた。私も恭平を時々連れて行って散歩を楽しんでいた。そのためか、アルバイト中に時々外に出してくれとせがむようになった。

 アルバイト先は犬同伴でお仕事が可能だったので、できる限り恭平を連れて行ったのだが、恭平に合わせていつも川原に連れ出すわけにはいない。しかし、外に出すと目標は決まっていて何処へも寄らずに川原へと続く階段を下りていく。私は川原の階段の上で待っているが、中々戻ってこない。下へ降りていって見てみると、特に何処へ行くというわけでもなく、その辺りをウロウロしている。私が下に迎えに行くまではそうしてふらついているようで、それが何を意味するか判らなかった。というのは、アルバイト先はパターゴルフ場だから、わざわざ川原に行かなくても十分バイト先で散歩できる敷地の広さがある。それに、川原へ行きたいとせがむ回数は増えていく。夕方近くまでは昼寝をしていて、せがむのは夕方になってからというのも不思議だった。川原から戻ると、又昼寝をする。一体何が楽しいのかな? 疑問が多い川原でのお散歩だった。

 ある日、このナゾは解けた。

 いつもは私が迎えに行くのに、恭平が一人で戻ってきた。あれ?と思ったがなにやら尻尾を振っている。一人で帰ってきたことを喜んでいるのか? 変なヤツだ、と思いながら自動ドアを開けに行った。すると、見たことの無い犬2匹と女性が立っている。その犬はミニダックスとバセンジーで、恭平はその人たちに向かって尻尾を振っていたのだ。

 「あの? ここのワンちゃんですか?」とその女性が聞いた。恭平のやんちゃ坊主がこの人たちに迷惑をかけたのか?と思い、謝る準備をした。全く他人に迷惑をかけるなんて許せない!!!

 すると、この女性は「この子がここまで案内をしてくれたんです」と言うではないか。

 「僕が悪いことをしてしまったから、この人に謝って」という意味で連れてきたのか?冗談じゃない。何をこの人たちにしたのか知らないが、自分のしでかしたことには責任を取ってもらわねば。

 「何かうちの犬がしでかしましたか?」と聞いたのだが、事実は恭平がいつも川原でこの人達を待っているということらしい。そして散歩してきたこの方達に出会うと、一緒に散歩をしているという。はぁ?だった。なんでこの人達が川原にいると知っているのだろう?   そういえば、パートの叔母さんが私の変わりに恭平を川原に連れて行ったとき、ミニダックスを連れた人に会った、と言っていた。それを恭平が覚えていたのかもしれない。

 つまり、この川原に来るとこの人たちに会えるので、川原に下りて待っていて、一緒に散歩をする。帰りは階段のところで見送っていたわけだ。そして、いつも恭平がする行動を詳細に教えてくれた。

 いつも散歩に出かけると恭平は階段の下で待っていて途中まで一緒に散歩をする。が、遠く離れるのはいけないと思うらしく、ある程度の所まで一緒に行った後は、その場所で引き合えしてくるのを待っているらしい。そして、又一緒に階段の下まで散歩をする。で、名残惜しそうな顔をしてこの人たちが帰っていくのを見送るという事だった。そして、数日前から階段の下で尻尾を振り、階段の上を見るらしくその姿は「一緒について来て」と伝えているのではと感じた。なので思い切って恭平に付いてきたらここまで案内をされたという。

 この女性になんと言っていいのか判らなかった。言葉が出なかった。すると、一緒にいたお店のチーフがせっかく恭平がお友達になったのだから時々遊びに来てもらえば言いと言ってくれたので、散歩のついでに遊びに寄ってもらうことにした。 翌日、新たな事実が判明。

恭平君、恋をする

 この女性が連れているミニダックスは女の子で、恭平の目的はこのミニダックスだったのだ。遊びに来てくれたとき、リードを離して遊ばせると、恭平はこのミニダックスにくっついて離れない。走り回っている間ももう1匹つれているバセンジーには目もくれない。それに嬉しそうだ。とにかく走り回り、疲れると二人でいや、2匹で寄り添って座り、時々このミニダックスを見る恭平の目にはハートのマークが見えるほどだった。なるほど。恭平は恋をしたのだ。

 このミニダックスの名前はももちゃん、飼い主さんは佐伯さん、バセンジーも女の子で、ラフちゃんという。

 ももちゃんと恭平は本当に仲良しで、何時も一緒に走り回っている。しかし、時々機嫌が悪かったりするらしく、走り回るのは嫌だと拒否をする事がある。そんな時恭平は、ももちゃんにべったり寄り添い「ねえ、走ろうよ。どうして走らないの」と、ももちゃんをつつく。するとももちゃんに「うるさいわね。今日は疲れているから走らないのよ。あっちへ行って」とでも言いたそうにウウゥ~と怒られる。恭平は佐伯さんの顔を見て「クゥーン」と言うのだが、なんとも出来ない。あまりしつこくするとももちゃんに「キャンキャン」と吠えられる。やはり動物の社会でも女性は強いのか????

 

 飼い主の私たちも段々仲良くなり、この方の自宅に招待されたりするようになった。佐伯さんは結婚をされていたのだが、ご主人が大切なももちゃんにお友達が出来たという事で、一緒に公園へ散歩に出かけたりして、飼い主、愛犬ともに楽しんでいた。

 ある日、こんなに仲良しなら二人のいや、二匹の子供が欲しいね、という話になった。恭平も「ももちゃん大好き!!!結婚したいぐらいだよ」と思っているに違いない。こんなに可愛い2匹の子供なら、可愛いに違いない。しかし、あえなくこの計画はボツになった。ご主人が「ももちゃんはまだ子供だから」という理由で、断られてしまったのだ。

 恭平、ごめんね。こんなに大好きなももちゃんと結婚はできないのよ。両家の間で話し合いがまとまらず、お友達って事になったのよ。勘弁してね。悲しい恋の物語である。

 

 父の仕事場の近くにあるドッグ・ランのように犬を走らせることが出来る公園があったので、よくそこへもよく連れて行った。恭平は浮気者で、この公園で知り合ったエルメスちゃんにも恋をしている。黒のラブラドールの女の子で、どういうわけかこの子は他のわんちゃんからも人気がある。

 そのためか、いつも男の子数匹でこのエルメスちゃんを取り合う闘いが始まる。もちろん恭平は負けずとこの戦いに参加するが、不利なことがある。

 他のワンちゃんは大体がゴールデンだったり、ラブラドールだったり大きなワンちゃんばかりなのである。この中に入っても蹴られるわ跳ね除けられるわで、随分と痛い目にあう。しかし、恭平はたくましい。負けずと戦いに望み今度こそエルメスちゃんを自分の恋人にするんだ、と背中にへばりつく。その姿はまるで、エルメスちゃんにハエが止まったような姿であり、エルメスちゃんが背中を振るとあっさりハエ、いや恭平は飛ばされる。

 私はエルメスちゃんの飼い主さんに「うちの子がしつこくて」と謝るが、この飼い主さんは「たくましい恭平」と褒めてくれた? 随分優しい飼い主さんだ。しかし、私にはどうしても「ハエ」に見える。

しかし、犬社会にもモテル、モテナイがあるのだろうか?私もエルメスちゃんになりたい・・・

保護の難しさ

 ある日、家の外で犬の鳴き声がするので外を見てみた。しかし犬がいる気配はない。家の外には屋根で囲った洗濯干し場があった。その辺りから聞こえるような気がするが何もいないので気のせいと思う。しかし、忘れた頃に又泣き声が聞こえる。ある時その洗濯干し場に出てみるとガサガサと音がして何かが動いた。一部には物置の代わりとして使っていてそこにどやら逃げ込んだらしい。恐る恐る見てみると、やはり犬がいた。怯えて私を見る様子は普通ではなかったし、子犬が紛れ込むならまだ判るが割と大きな犬だった。雨風をしのげるために何かの理由でここに逃げ込んだのだろう。恭平はその犬の所へ行きたがるが、どんな犬か判らないので近づけるわけにもいかず、様子を見ることにした。しかし、どこかへ行くということもなく片隅に隠れている。

 お腹が空いているはずと思い、母の反対を振り切ってパン切れをやった。しかし警戒していて近づいてこない。私は姿を隠しどうするか様子を伺った。すると、恐る恐る出てきてパン切れを口にした。が、その姿に驚いた。この犬は、目の辺りに傷があり出血したあとがある。そして足を引きずっている。怪我をしていた。単なる野良犬ではないようだ。

 結局パン切れを食べて又、元の位置に戻ってしまう。動けないのかもしれない。 あまりにかわいそうな姿に、お水と、ドッグフードをその場所に置きそっとしておくことにした。出来るなら保護をしたいと思ったが、母と父はどんな病気を持っているか判らないので近づくことはダメだという。

 翌日、母が家から追い出したらしく私が自宅に戻ったときには家の敷地内にはいなかった。心配していたら又泣き声がする。戻ってきていたのだ。私は又、ドッグフードを上げて様子を見た。すると、昨日よりは怯える様子はなくさりげなく私の様子を伺っている。又、母にこの子を保護したいと言うと 又、だめだと言われる。翌日も母が追い出した。しかし、私が戻ってきてしばらくすると又、家の中に入ってくる。結局お水と、ドッグフードを上げる。どうやら夜はここで眠るつもりみたいだ。しかし毎日戻ってくるこの子をなとかしたい。

 数日がたって、私の姿を見て隠れていた場所から出てくるまでになった。するその姿にもっと驚いた。尻尾が無いのだ。どんな運命がこの子を襲ったのだろう?胸が痛んだ。この子を追い払う母が近づいたら逃げるかと思ったが、寂しそうな目をして座っている。その姿にはさすがの母も同情したらしい。そして、可愛そうだから病院にだけ連れて行ってその後、考えようかと言った。しかし、保護に失敗した。警戒心は解けていなくて隠れ場所に逃げ込んでしまった。

 どうやって保護しようかと考えながら翌日アルバイトから帰ると、この犬はいなかった。母が隣の人に子のこの話をしたら、この方の息子さんが保護をしに来たというのだ。安心をした。でも不思議だった。どうやって警戒心の強い犬を保護したのか?どうして直ぐに飛んできて保護をしたのか?

 実はこの方の息子さんは、今までにも怪我をしたり弱っている動物を保護して、今ではカラス、ネコ、犬などを保護して自分の元で飼っているらしい。

 何も手出しをしなかった自分が情け無いと思った。世の中には思っただけではなく、行動に移してきちんと保護をする人がいるのに、自分はなんだろう? そして恭平を幸せな犬だとも思った。美味しいご飯におやつまで与えてもらって、おまけに私と一緒に布団で寝る。贅沢だと父が恭平に言うが、本当にそうだと思った。でも、私は、今まで以上に恭平を大切にしようと思う。この子の以前の飼い主さんがどんな人だったか判らないが、飼い主次第で犬の生活も決まってくる。こういう可愛そうな目に合うという事は、飼い主にも責任があるという事だ。責任を持って恭平を幸せにしよう!!!!と誓った。

 そしてこの子のその後だが、暖かく保護されて随分と元気になったらしい。どうやら尻尾が無いのは事故の怪我を放置していたことが原因らしいが完治して足も直り歩けるようになったとの事だった。

 そして元気になりすぎて、この人の家で先に飼われていた犬が飲んでいるお水を横取りしようと、うなって怒ったらしい。それを見たこの飼い主さんが「大きな顔をするな。お前は後から来たんだ。お前が遠慮をする立場だ」と叱ったらしい。するとかなり反省をした様子をみせ、この日からこの飼い主さんのいう事をきっちり守り、一番下っ端の身分で満足をしている。

 そして今でも他に保護した子達と一緒に幸せに暮らしているのは言うまでも無い。